八王子オフレポート【第四部】

 三十分ほど歩いて詰の城に到着。久々だったが、結構きつい道だった。詰の城から一気に下り、稜線沿いに築かれた見事な石垣を見学するはずであったが、前方から、かずさんの「ああ」という嘆き声が聞こえた。行ってみると、かつて見事に残っていた石垣がものの見事に崩されていた。唖然―。これもトンネル工事のせいらしい。確かに、以前、某霧隠氏(笑)と来た折、同行の女の子が落ちそうになって石垣を少し崩してしまい、「案外、もろいな」と感じていたので、連日、ドリルで下が掘られたことを考えれば当然である。小さな振動が重なり、あの見事な石垣がこの世から消滅してしまった。涙―。
 そこからさらに下り、最西端の曲輪へ。さすがにここまで来たのは二回目である。ここにも石垣がちらほら見える。少し戻って、奥棚沢の水平道の下道を通って馬冷やし場に戻る。

【ポイント10】
 水平道とはよくつけたもので、この辺りの道は上下に二つ造られている。つまり、下から来る敵を常に上から攻撃できるのである。どうしても下の道が見えない場所には、三段の馬蹄段が設けられている。別の場所には一段のものもある。城には道は必須であるが、下手に造ると命取りになる。管見の限り、他の山城では聞いたことはないが、二重の道とはよく考えたものである。

 山頂曲輪、小宮曲輪などを見学後、ハイキングロードを通り、柵門台へ。さらに金子曲輪と七段の馬蹄段、そして激戦地であった梅林を見学。梅が満開で見事だった。そして、山麓曲輪に出て、管理事務所前へ。さらに氏照墓所に参ろうとしたが、今回は通行止めとなっていたので断念。八王子城歴史資料館(笑)の前で、氏照の冥福を祈る。
 最後は高尾駅前の居酒屋で盛り上がった。私のテーブルは八王子城が初めての人が多かったが、それぞれ一家言あるつわものばかりで面白かった。信じ難いことに、二時間余、すべて城や武将の話で盛り上がれた。鹿沼城と壬生義雄を知っている人は何人いたかわからないが、脇坂安治竹田城などの話で盛り上がり、最後は、一人の茶漬けがこなくて盛り上がった(笑)。私はその茶漬けがきたのかどうかを見届けずに、先に帰った。だって家が遠いんだもん。
 いずれにしても、幹事のかずさんのお陰でこれだけのイベントが開催できたことを心から感謝したい。かずさん、ありがとう。
さて、八王子城はこれだけではないのだ。御霊谷から太鼓曲輪で一日、搦手の松竹から入り、大六天から馬冷やし場に出るルートで一日。搦手滝めぐりで一日、浄福寺・小田野・心源院で一日かかる。いつの日か、ぜひフルコースをご堪能あれ。皆様のリクエスト次第で開催しようと、かずさんとは話し合っている。
最後に宣伝。四月くらいに某大手出版から『北条氏照』を文庫で出します。この作品は、八王子城と八王子合戦の最新の研究成果を反映させると同時に、「天地人」の上杉家礼賛に真っ向から対峙すべく、徹底的に<ぶれない男>氏照を描ききっています。
世の流れに要領よく立ち回り、家を残すことにどれだけの価値がありましょう。秀吉に尻尾を振り、生き残った武将ばかりがもてはやされる昨今、堂々と己の存念(理念)を貫き、幻の巨大城郭とともに歴史の大河の中に消えていった一人の男の生き様にこそ、今だからこそ、学ぶべきものがあるのではないでしょうか。
氏照と八王子城よ、永遠に―。
仍如件